名古屋地方裁判所 昭和42年(ヨ)1132号 決定 1968年7月02日
申請人
東海学園教職員組合
右代表者
島田和雄
右代理人
花田啓一
ほか三名
被申請人
学校法人東海学園
右代表者
推尾弁匡
右代理人
本山亨
ほか二名
主文
申請人の申請を却下する。
訴訟費用は申請人の負担とする。
第二、理由
一、申請人は、本件申請において使用者たる被申請人に対し申請人と団体交渉に応ずべき旨の仮処分を求めるところ、現行実定法上使用者に対し直ちにかかる内容の仮処分を命ずべき根拠は見出しがたい。なるほど、憲法二八条は労働者の団体交渉権を保障する旨規定するが、これは、国が勤労者の使用者に対する団体交渉の実を十全ならしめるため国政上積極的にその措置を講ずべき義務を負うこと、即ち、右国の責務に対応する勤労者の権利をいわゆる社会経済的基本権として保障する趣旨を示したものである。したがつて、右憲法第二八条によつて直接労使間に具体的な権利義務が設定されるわけではない。また、労働組合法第七条は、右憲法が勤労者に社会経済的基本権を保障した趣旨にかんがみ、使用者による団体交渉の拒否を不当労働行為とし、これに対し同法第二七条は一定の手続の下に労働委員会が救済命令を発し、また同法二八条および三二条は一定の要件の下に団体交渉を拒否した使用者に刑罰その他の制裁を科しうるものとしている。しかしながら、右は憲法第二八条が勤労者に保障した社会経済的基本権たる団体交渉権を実効あらしめるため国が、右の範囲で使用者に国法上一定の義務を課したというにとどまり、これによつて、使用者は勤労者に対する関係で団体交渉に応ずべき具体的な義務を課す趣旨ではない。そうすると、勤労者のいわゆる団体交渉権が事の性質上常にその内容において相手方である使用者を予想する権利であるとしても、使用者は国法遵守の義務をつくす意味において勤労者の団体交渉の要求に応ずるに過ぎないのであるから、勤労者が使用者に対しこのことを請求する具体的な権利を取得する根拠は存しないこととなる。もつとも、使用者の団交応諾義務を単に国法遵守の義務としないで、勤労者に対する具体的な私法上の義務とすることが、いわゆる団体交渉権の権利性を高め勤労者の生存を確保するうえで一層その実効性を発揮する所以であり、また、勤労者の交渉事項などを定めた具体的な団体交渉の申入を使用者が正当な理由なく拒否したときは、いわゆる勤労者の使用者に対する具体的団交権が発生すると説く見解もないではないが、右の見解は前判示の経済的基本権の本質ないし労働組合法上の諸制度の趣旨を理解せず、現実の必要性を強調するに急で十分な根拠を示さないもの、あるいは、国法遵守の義務がその懈怠によつて使用者勤労者間に具体的な権利義務を発生させるとする根拠について十分その法理をつくさないもので、いずれもいまだ当裁判所として採用し得ないものである。
二、したがつて、本件申請は、実定法上その被保全権利を肯認する根拠がないにもかかわらずなされたもので、被申請人に対し単に国法を遵守すべき旨の仮処分を求めるに過ぎないものといわざるを得ない。(なお、附言するに疎明資料によれば、被申請人は、昭和四二年七月一七日以降、同年の夏季手当支給案件などについて申請人の団交要求に応じている事実が一応認められる。申請人について、現在もなお依然として一年前の夏季手当支給案件などについて団体交渉をすべき必要性の存する事実についての疎明はない。)
よつて、申請人の本件申請はその余について判断するまでもなく不適法として却下すべく、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。(鬼頭史郎)
第一、申請の趣旨および申請理由
別紙のとおり。